カカオは、神々の食べ物だった

カカオ豆は、神々の食べ物です!
そう聞くと「はぁ?」と突っ込みたくなりますが、カカオ豆は学名を「テオブロマ・カカオ(Theobroma cacao)」と言い、ギリシャ語で「神(theos)」の「食べ物(broma)」を意味します。
名付けたのは、スウェーデンの植物学者カール・フォン・リンネ。彼が1753年に出版した『植物の種』は、植物の学名の出発点と言われています。
「神の食べ物だなんて、大げさな」と、思うかもしれません。でも、このページを最後まで読むと、少し見方が変わるかも。
カカオとは
カカオは、アオギリ科に属する樹木です。成長すると、高さは7~10mになるとか。幹に小さな花が咲いて、やがて大きな莢(さや)になり、ぶらさがるように。この莢をカカオポッドと言います。莢は、マメ科植物の種子を包んでいる殻のこと。
カカオポッドの収穫は年2回。全収穫量の80%を占めるメインクロップは10月~2月、20%を占めるミッドクロップは4月~6月の収穫になります。
カカオポッドの中身は、カカオパルプという白い果肉で、種子が30~40粒入っています。これがカカオ豆で、小刀なんかで取り出し、発酵させることになります。
カカオは苦いですが、カカオパルプから流れ出る白い液体は甘いそうです。なので、これを目当てにした動物が割って食べ、消化しきれなかった種を糞として出し、広がっていったのでしょう。
収穫後の作業
- 発酵準備:カカオポッドを割り、種子を取り出す
- 発酵方法A:白い果肉と種子をバナナの葉で覆う
- 発酵方法B:木の箱に1~2t詰めて発酵
- 乾燥方法A:天日乾燥
- 乾燥方法B:木材を燃やしていぶす感じの方法
発酵時、種子の温度が上昇し、化学反応を起こしてアミノ酸が生成。アミノ酸がポリフェノールと反応することで、種子は褐色になってカカオ独特の風味が完成します。
発酵期間は約1週間。バナナの葉を使う「ヒープ法」はアフリカに多く見られ、中南米では木箱を用いる「ボックス法」が主。この段階で水分量が80%から60%まで減少します。
発酵が終わると、カカオパルプから豆を取り出し、乾燥させて水分量を8%以下に。乾燥させるときは、竹組みの台の上にカカオ豆を広げるか、パティオと呼ばれる広場で広げます。乾燥させる期間は、天候が良ければ10日間。
発酵でポリフェノールが減少
カカオ豆は、チョコレートの主原料ですが、豆自体は甘くありません。チョコレートが甘いのは、製造過程で砂糖や甘味料を足すからです。
カカオ豆が持つフレーバーは、「苦味」「酸味」「渋味」の3つ。この「苦味」と「渋味」は、カカオに含まれるポリフェノールによるもの。カカオ・ポリフェノールの主成分は、カテキン、エピカテキンです。
ポリフェノールという大枠の中に、カテキン、エピカテキンがあると思ってください。フラボノイドも この大枠の中に入りますし、アントシアニンはフラボノイドの枠の中に……。
よく緑茶や赤ワインに含まれている話を聞きますが、このポリフェノール含有量が多いほど、「苦味」や「渋味」が強くなってしまいます。なので、カカオの産地では収穫後すぐに発酵させ、ポリフェノール量を減少させることで、まろやかな味にしているのです。
ポリフェノールをたくさん摂りたい人は、「なんて、余計なことを」と思うかもしれません。でも、カカオを広めた人たちは、この苦味が受け入れられず、砂糖を入れて“飲んで”いました。その辺のことは後述。
よく耳にするポリフェノールですが、その種類は何千という数になります。ほとんどの植物に含まれているので、無理もありません。赤ワインに含まれているイメージがある人は、「フレンチ・パラドックス」で検索すると、その理由がわかるかも。
ちなみに、赤ワインのポリフェノール含有量は、コーヒーと同じくらいです。注目されている理由は、下記の通り。
最初の陸上植物は紫外線対策のために、ポリフェノールの合成能力を獲得する必要がありました。ポリフェノールは、紫外線を吸収して防御する役割と、紫外線により発生する活性酸素を消去するチカラ(抗酸化作用)の2つの役割を担っています。一部のポリフェノールは進化の過程で赤や紫といった色を作るのにも使われるようになりました。
3種類のカカオ豆
カカオ豆には、クリオロ種、フォラステロ種、トリニラリオ種という種類があり、それぞれポリフェノール含有量が違います。含有量は、「クリオロ種」<「フォラステロ種」です。
- クリオロ種:生でも美味。病気に弱い稀少品種。中米原産
- フォラステロ種:栽培が容易。苦味が強い。生産量85~90%。南米原産
- トリニラリオ種:上記2種を交配。生産量10~15%
カカオの生育に適しているのは、高温多湿で、平均気温が27℃以上、年間降水量2,000㎜以上の地域です。
範囲で言ったら、赤道を挟んで南北の緯度20度以内になるので、中南米、西アフリカ、東南アジアくらいが主なところ。
クリオロ種の原産地は、中米メソアメリカ。現在のメキシコ南半部、グアテマラ、ベリーズ、エルサルバドルの全域、ホンジュラス、ニカラグア、コスタリカの西側部分。いわゆる「マヤ」や「アステカ」が繁栄したところです。
カカオの歴史
クリオロ種の原産地では、「オルメカ」→「イサパ」→「マヤ」と文化が続いていますが、このイサパ文明が成立していた地域では、遺跡から紀元前の炭化したカカオ豆が出土しています。
「カカオ」という言葉は、このイサパ文明の担い手ミケ・ソヘ語族が、「カカウ」と呼んだのが語源。マヤ文明の遺跡から出た土器の側面には、カカウという発音の文字があったそうです。
文字と言っても、その土器を見た限りでは、“絵”にしか見えませんでしたが……。
マヤ以降の文明でも、地方から王都にカカオが貢物として運ばれた形跡があります。16世紀にアステカ王国が征服されるまで、カカオを扱っていたのはマヤやアステカの人でした。彼らにとって、カカオの用途は次の通り。
- 宗教面:神々への供物
- 経済面:貨幣
- 身体面:健康増進
カカオと神々
種まきや豊穣祈願の際には、供物としてカカオをささげ、カカオの神に祈ったそうです。収穫祭では神に感謝を伝えるためにカカオを。女の子が生まれればカカオや鳥を奉納し、結婚式の引き出物にもカカオ。
アステカでは、死者の旅立ちにカカオやトウモロコシ。ユカタン半島では、カカオの神は商業を司っていました。
カカオは神々への供物だったので、歴史的に見れば「神々の食べ物」というのは、大げさでも なんでもないのです。
通貨としてのカカオ
カカオは貨幣としても流通していました。1545年のレートとして、メキシコの市場のデータが残っています。
- トマト大1個:カカオ1粒
- 鶏の卵:カカオ2粒
- 野うさぎ:カカオ100粒
- オスの七面鳥:カカオ200粒
貨幣として用いられるのは、貴重で持ち運びに便利なものです。乾燥させたカカオは、携帯性や保存性に優れていたのでしょう。
もちろん、多くの人が「価値がある」と認めないことには、物品との交換は不可能ですから、カカオは その条件を満たしていたことになります。
貴重さに関しては、食べることができたのが、社会上層部に限られたことから窺えます。
泡立てたカカオ
アステカ王国の最後の王であるモクテスマ二世の食事に、カカオが出される様子をスペイン人が記述しています。
あらゆる果実が運ばれてきても、王が口にするのはわずか
そんな王が飲んだのは、純金のコップに入れられたカカオだった
この飲料は、女と交わるために飲むそうだ
泡立てたカカオが入った壺は50個以上運ばれ、それを給仕する女から受け取って王は飲んでいた
まるで、精力剤扱いですね。この頃、カカオは飲料として摂るのが一般的でした。加工手順は、次の通り。
- 1.発酵
- 2.カカオ豆を土鍋で煎る(弱火)
- 3.メターテと棒で豆を粉砕
- 4.すりつぶされてドロドロに(カカオマス状態)
- 5.そのままでは苦く、油脂も多いので、以下の物を混ぜる
- 香辛料、唐辛子、アチョテ、トウモロコシの粉など
- 6.水や湯に溶かし、かき混ぜ、泡立てて飲む
発酵のところでも書きましたが、そのままでは苦すぎるので、当時から色々と加えていたようです。メターテというのは、食物をすり潰すための石製の道具で、中央部が凹んでいるのが特徴。
泡立てているのは、そうしないと口に含んだときにザラつくからです。このカカオ飲料は苦く、刺激の強い飲み物だったとか。富裕な者の中には、バニラや蜂蜜を加える人もいたそうです。
貨幣としても使える貴重なものを飲んだのは、疲労回復や精神高揚などの薬理効果を期待したからでしょう。実際、カカオにはアルカロイドの一種であるテオブロミンが含まれています。
アルカロイドは、天然由来の有機化合物の総称で、植物の中に存在します。ニコチン、コカイン、カフェインもそうで、顕著な薬理作用をもつものが多いです。
テオブロミンは、カカオ独特の香りであり、精神をリラックスさせ、集中力を高める効果があると言われています。テオブロミンはカフェインと似た分子構造を持っていて、血管拡張作用、強心作用、覚醒作用があるものの、カフェインほど刺激は強くないとか。
なお、テオブロミンの代謝速度が遅い動物に与えると、よくない症状が出てしまいます。猫や犬にチョコレートを与えたらダメな理由が、これです。
新たなる支配者
アステカ王国の滅亡後も、カカオは貢物としてスペイン人に献上されました。スペイン人は入手したカカオで儲けるため、植民地にしたメキシコで、カカオ飲料を飲む風習を広めます。
この甘味がない刺激的なドリンクは、スペイン人の味覚には合いませんでした。なので、スペイン人は砂糖を入れて飲むようになります。やがて、この甘い飲み物がスペイン本国でも浸透することに……。
カカオのまとめ
カカオは、神々への供物で、貨幣で、薬扱いでした。
その摂取方法は、粉にして飲むというもの。“カカオは、飲み物の原料”としての認識が、そのあとも しばらく続きます。チョコレートが誕生するのは、ココアの後になりますので、その辺に興味がある方は下記リンク先をご覧ください。